わたしたちの社会教育②

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職員同士が対談形式で『わたしたちの社会教育』を語ります。

ひの社会教育センターでは職員の興味・関心から広がる出会いや交友関係から、イベントや事業につながることが多くあります。事業を手がけることに、どのような意義や価値、成果を期待して進めているのか?職員同士の対話から、社会教育施設の存在意義についても考えていきます。

また、社会教育協会理事の荒井文昭先生(東京都立大学人文社会学部人間社会学科教授)にも同席していただき、荒井先生の視点から講評をいただきます。

第2回のテーマは、なぜ「ボルネオフレンドシップキャンプ」を「ひの社会教育センター」が実施したのか。
事業部アウトドア担当の寺田達也に、事業部長の渡邊和英が話を聞きます。

(写真右より、寺田、渡邊、荒井先生)

ボルネオフレンドシップキャンプとは

開催日時
2024年8月18日~25日
行先
東南アジアのボルネオ島(インドネシア・マレーシア・ブルネイの3か国の領土)
内容
東南アジア最高峰キナバル山(標高4,095m)登山への挑戦/野生生物の暮らしと世界経済との関係を学ぶ
参加者
10名(中学生から20代)
同行
国際山岳医の稲田真さん、山岳ライター・登山ガイドの柏澄子さん、京都大学名誉教授・元京都大学霊長類研究所所長の湯本貴和さん
担当
ひの社会教育センター職員:寺田

公益財団法人社会教育協会設立100周年を迎える、記念事業として実施しました。
帰国後にはツアー中の記録や参加者の感想をまとめた「旅の記録」を作成。また11月には湯本教授の紹介で千葉市動物公園の『ちばZOOフェスタ2024~生物多様性フォーラム~』にて発表の機会を得られ、メンバーが再集結。練習を重ねた発表は学びの集大成となりました。

渡邊
旅の記録を読みました。一人一人の言葉が率直に書かれていて、中でも「フレンドシップというテーマが最適だった」という言葉が印象に残っています。なぜこのネーミングにしたのですか?

寺田
このツアーにはテーマがいくつかありました。一つは青少年期に、キナバルという未知なる山に登ることへチャレンジし、行ったことのないところの景色をみること。
もう一つは環境スタディーツアーであったことです。「パーム油」が題材になっていて、世界経済の恩恵を受ける先進国日本に住む私たちが、原産国のひとつであるボルネオのエリアを訪れ、自分たちの消費によって軋轢をかけている動物の生活がひっ迫していることが自分たちの消費活動とつながっていることが事実としてあることを知ること。
自分たちの暮らしがどこかの暮らしに影響を与えていることを想像するというSDGsの側面からも、本協会の「地球共生」というキャッチコピーにマッチしたことで、学んだものを自分たちがどう活かしていくかという未来志向につながってゆく意味を込めました。

渡邊
事前学習や練習登山など、本番のツアー前から参加者たちと関わりましたが、最後の報告会までを通して何か変化がありましたか?

寺田
旅の記録にも参加者から『百聞は一見に如かず』にという言葉がありました。事前学習ではあらかじめ現地の環境課題や登山の予備知識などを個々に調べて発表する手法をとりました。教育手法で、人に教えることで学びがより深まるといわれています。プレゼンテーションするために調べる、考える、関心を高めるというプロセスを踏みます。発表後は、それぞれの専門家が、プラスの情報を入れてくれたことで、より関心が深まりました。実態を知り、知識を得た状態で現地へ行ったことで得られたものは大きかったようです。例えばどのぐらい森が伐採されているかをマップで見てはいても、実際に島内を飛行機やバスで移動しながら、見える風景でアブラヤシの畑が延々と続く様子を見て、写真では知っていたけど「本当にそうなんだ」という印象として残ったのではないかと思います。
事前学習の段階では、動物寄りの考え方になりやすく、「動物かわいそう、パーム油が悪」という思考回路から、「パーム油を使わない」という考え方になりがちでしたが、現地でNGOの話などを聞くと、パーム油の生産は主要産業で、これがなくなると経済が成り立たなくなる。そうした複合的な話を聞くと、実は単に使用を抑えるということだけが答えじゃないと感想を持ったようです。
事前の学習だけではつかめないことを現地から受けてつかんで帰ってくる、ということが如実に表現されていたと思います。

渡邊
現地ではパーム油の主要産業を継続しつつ、森の植林活動と共存している。このことは実際に体験してどうでしたか?

寺田
植林体験をさせもらったNGOでは、動物が暮らしている森が点在していて、森と森の間はアブラヤシで埋め尽くされている状態のため、森で生活するオランウータンが森から森への移動が植林によってできるように回廊を作って、分断された森をつなげる取り組みをしています。
分断された森をつないでいって広域で生き物たちが移動しながら暮らしていけるようにしています。植えるだけでは木や森は育たないので、地元の人たちに委託し、自然を維持させるための活動で地元で経済が回るように、雇用も促進しています。
NGOでは植林チームのメンバーに女性をどんどん起用して、女性の社会進出を推進する枠組みができていたことも印象的でした。
このような経済と地域の自然の保全を両立させることを“Holistic community-based conservation”と呼んでいて、どっちかに振るのではなく、バランスを保った保全として、これからの行動指針になると感じます。

渡邊
現地に行ったからこそ、触れた課題という発見もありましたか?

寺田
レッドリストに入っている、ボルネオゾウという世界で一番小さい象がいますが、生息地をおわれアブラヤシ畑に入って畑を荒らしてしまったり、さらには人の住む地域にも足を踏み入れ、住まいが壊されるなどの被害が出ているそうです。
その構図でいくとそのゾウは害獣とされ駆除されてしまいます。日本のクマ問題にも通じるところがありますが、端的に一方がかわいそうという議論では片付かないことがあり、それは世界のあらゆるところで同様の課題があることを学びました。

渡邊
11月に仲間との再会があったと思いますが、現地での熱量と、何か変化はありましたか?

寺田
一般のお客さんからの質問に、帰国後、日本でRSPO認証されている油を使った製品に目がいくようになったことなどを答えていましたね。
これは現地のレクチャーで聞いた話ですが、結局作った油がどこにいってるかが問題で、植物性油脂と表現されるパーム油の使い手が、どういう油を使うかが生産側へのメッセージに変わるということなんですね。RSPO認証されている油を使った製品の積極的な購入が増えれば、生産者はこの油を多く作ることにつながります。この問題を解決したかったら、先進国側の消費行動を変えるしか答えがないんじゃないか、という現地からの声をもらい、自分たちが見聞きしてきたものを、外に伝えていく、どう行動するかを伝えていく役割を得たのではないかと思います。

渡邊
「登山」と「環境スタディー」を合わせたツアーを、ひの社会教育センターが社会教育として取り組んだことの意義はありましたか?

寺田
ひとつには、今回ボルネオツアーの構想を考え始めたとき、もともと別の仕事で関わりのあった湯本さんに相談したところ、自分はボルネオに何度も行っているし、現地コーディネーターとつなげられる、なんなら自分も行けると言ってくださったことに加え、ボルネオは登山だけではもったいないから野生生物の生態を見る「環境スタディー」も掛け合わせたら面白い、と提案していただき形ができていきました。
今回引率してくれた3名の方は各分野のスペシャリストでしたが、「同行の専門家」ではなく「専門家である引率者」でいてくれたことがとても素晴らしく、旅の成功の重要なポイントでした。参加者ともニックネームで呼びあい、共に段取りを組むために動きまわってもらい、場所によっては通訳や解説までも担っていただいてしまいました。
しかしみなさん、この雰囲気を楽しんでくれたように思っています。その雰囲気が子どもたちにも伝わっていたから相互に楽しめたのかな、と思っています。実は社会的にけっこうすごい大人たちと、横並びの関係で一緒に旅ができる、何かを成し遂げられるっていうのは、あんまり大人になってからも経験できないことかなと思います。

渡邊
キナバル登頂については、心配はなかったですか?

寺田
登山は常に心配はありますが、練習登山で何回か一緒に登ってから挑みました。
専門家もそれぞれの視点で一般的な安全のセオリーだけではなく、今回の登山の成功とは何かを考え、多くのディスカッションがありました。そういった意味でも、スタッフもキャンパーであったというのは、こういうところにも表れていましたね。
この旅の記録のコンセプトは感想文の長さなどを指定せず、「彼らの今を、そのままの形で残す」という柏さんの考えで作りました。文章の量にだいぶムラがあるのはそのためです。(笑)

渡邊
杓子定規の感想じゃなく、自分自身の葛藤や思いが素直に書かれている印象で、大人になった彼らが読むときを想像すると楽しみです。


荒井先生からの講評


実感をともなった体験がもつ力について、学ばせてもらいました。
一方では、延々と続くアブラヤシ畑が、オランウータンや固有種のゾウをはじめとした野生動物たちのすみかであった森林を伐採している現実。このことを自分の目で見て学ぶ。他方では、そのアブラヤシの実からとれる油の生産がなくなれば、人びとの生活が成り立たなくなってしまう現実もあることを知る。そして、この油が日本にも輸出されて、広く出まわっている─。
これらの現実に対して、ツアーに参加されたみなさんは、日本で商品を買う時にはRSPOマーク(持続可能なパーム油の生産を認証)を確認するようになっている。このことは象徴的なものでした。
総じて今回のツアーに参加されたメンバーのみなさんが、二者択一ではない視点をそれぞれに獲得されていることを、私は感じました。また、ひの社会教育センター職員がもっておられる、人びとをつないでいく力が、存分に発揮されたからこそ実現した企画であったことも、知ることができました。

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