わたしたちの社会教育⑥

対談

職員同士が対談形式で『わたしたちの社会教育』を語ります。

今年度は、職員研修の際に各職員が何に取り組む1年にするか年度目標を語った中から、手掛け、育てている事業の話をします。
職員として、様々な環境、状況の中、悩みや葛藤を抱えながら、その意義や価値、成果を期待し、目標に進むありのままをお伝えし、社会教育施設の存在意義についても考えていきます。

また、社会教育協会理事の荒井文昭先生(前・東京都立大学人文社会学部人間社会学科教授)にも同席していただき、荒井先生の視点から講評をいただきます。

第6回の今号のテーマは『冒険教育』です。ひの社会教育センター職員・若泉将貴に、子育て支援カフェモグモグ(日野市から受託運営)の職員・粟澤稚富美が話を聞きます。

(写真 左:粟澤/中央:荒井文昭さん/右:若泉)

冒険教育の位置付け

粟澤

まずは冒険教育とは、たとえばどんなことですか?

若泉

ひの社会教育センターのアウトドア活動の一環として行うものと捉えていて、手法として冒険的要素を取り入れて取り組んでいるという考え方です。

例えば、山にテントを張り、宿泊を伴う登山プログラムの中で、自分たちの能力だけを頼りに登って降りてくる計画を立てます。その遠征では、自然そのものが相手となるため、活動自体が課題となり、問題や想定外の出来事が起こります。そうした出来事の一つ一つが、チームとして向き合うべき課題になります。

それらに対して、どのように自分たちで問題解決をしていくかという点が焦点になります。山に登ること自体が目的なのではなく、登山活動の中で問題解決する力や、チーム内でのコミュニケーションがキーポイントになります。

たとえ山頂に到達できなかったとしても、なぜ行けなかったのかを振り返り、次に活かすために何ができるのかを考えることこそが、教育として重要な視点です。

そうした経験を通して、それを自分自身の価値観へと変えていくところに、「冒険教育」の大切な意義があると考えています。

粟澤

呼び方として「冒険学習」「冒険体験」でもいいの?なぜ「冒険教育」なんだろう?と思っていましたが、自分たちで問題解決をするとか、自分「たち」というところが、コミュニケーションや学習という部分で、自分「だけ」ではなく、誰かと一緒に、というところが重要なのだと納得しました。

若泉

キャンプなどの活動は、すべて他者や相手が存在し、その相手とどのように協働するかという視点が重要になります。もし一人で行うのであれば、それは「冒険家」と言えるでしょう。共同体の中で、さまざまな人と複数人でコミュニケーションを取ること、相手がいて自分がいるという関係性そのものが、教育において大切な要素だと考えます。

冒険教育の分野には、そうした集団力学に関する視点もあれば、集団の状況に応じて自分のリーダーシップを変えていくという考え方もあります。「リーダーシップ」という言葉は、先頭に立って指導する人を想像されがちですが、その発揮の仕方によってチームのパフォーマンスが変わり、実は誰もが持っているものだという気づきがあります。

実体験として得たもの

粟澤

聞いていると確かに、他者の中で人が育つ力をつけるために大切なことだな、と伝わります。若泉さん自身が変わったことはありますか?

若泉

僕自身、これまでさまざまな資格研修を受けてきましたが、その中でも最も理論的で実践的だったと感じているのが、WEAJ※が実施している野外指導者養成講習会です。

自分自身が冒険教育を実際に体験しながら、理論やスキル、教育手法を身につけていく内容で、12日間にわたってグループで山に入ります。当時の自分は初学者レベルだったため、正直なところ不安を抱えたままの受講でしたが、日を追うごとにお互いのパーソナリティが分かってくることで、チームとしてのパフォーマンスが高まっていく感覚や、自分自身の変化を実感し、理論と実践が結びついた経験になりました。

その過程で、理論は後から整理されて伝えられ、自分たちが取り組んでいたことが、こうした理論を背景としていたのだと知り、とても腑に落ちたことを今でも覚えています。だからこそ、実体験は重要であり、野外で教育を行うことの醍醐味なのだと感じました。

屋内でテントを張ったり、机の上でコンパスを読むことは比較的容易にできますが、自然環境の中では天候の変化があったり、計画通りに進まなかったりと、さまざまな問題が起こります。そうした状況の中で、自分がどのようにアプローチするのか、チームにどのようにコミットメントするのかを考えることが重要であり、その大切さを学ぶことができました。

そして、自分が現在行っている活動に活かそうと考えたときに、学んだ理論が、実はすでに取り組んでいた実践と重なってきた、という感覚を得たことが、正しい順序だったのではないかと思っています。

※WEAJ:Wilderness Education Assosiation Japanの略

実際にどのようなプログラムに?

粟澤

では実際にセンターでの事業にその要素を取り入れるとしたら、どのようなプログラムになるのでしょうか。

若泉

センターでは、この冬に「人生の羅針盤キャンプ」というプログラムを企画していて、「冒険教育」の要素を取り入れています。
野外スキルを学んでもらいながら、実際にテントを担いで山に入り、縦走するプログラムを組み、子どもたちの心理的な変容など事業後に論文にまとめます。(文科省助成金プログラム)

冒険教育では、自然の中で起こる出来事そのものを課題として捉え、状況に応じて指導者がリーダーシップの取り方や難易度を調整していきます。自然の課題にどのように向き合うのか、チームとしてどのように対応していくのか、こうした点が成長の機会になると考えています。

例えば、道を間違えてしまったり、天候不順によって計画の変更を余儀なくされたり、チーム内でのコミュニケーションエラーが起きたりと、課題解決が求められる状況が生じます。そのような場面で、指導者が適切にグループへ介入することで、子どもたちの気づきや学びへとつなげていきます。

チームの中で自分がどのような役割として力を発揮できるのか、チームとして目標を達成するために何ができるのか。そうしたコミュニケーションや振り返りを通して、子どもたちの自己肯定感や挑戦しようとする気持ちを高めていくことこそが、冒険教育の本質だと思います。

センターでの実践・リーダーとの関わり

粟澤

事業ごと、事業所ごとに相対している子どもや人が違い、使っている言葉こそ違うけれども、アンテナは似ているなと思いました。共同体の中にいる自分という捉え方や、子どもの声を聴くことだったり、生きていくために必要な力を養っているのですね。

若泉

「野外は社会の縮図」という言葉がありますが、社会や集団の中で起こりうる課題が、野外活動では短い時間の中で顕在化します。しかしそれはアウトドアの世界だけに限らず、普段の生活の中でも起きていることだと気づき、そのつながりがとても興味深いと感じます。

その中で、自分がどのように対処するのか、自分なりの価値観を持ちながら自己効力感を高めていくことが、大切なポイントだと考えています。

粟澤

若泉さんが研修などで学んできたことを実践に活かすとき、伝えていくのは子どもたちだけでなく、ボランティアリーダーさんたちにも伝わっていきそうですね。

若泉

センターで活動するうえで欠かせないボランティアリーダーたちとも、共通言語を持てていると、自分がどういう立場で動けるか、ということを考えられると思います。

受動的な関わりが多かったようなリーダーも、子どもにとっての課題があったときアプローチしてくれたり、みんなで話し合う場をもったり、活動に対する主体性が上がってくるタイミングがあります。

また、子どもたちにとって、関わる大人はいろいろな人がたくさんいるといいと思います。もし学校で良しとされない事柄でも、ここではOKとか、自然の環境下なら許されるとか、その要素の一つとして人の多さも大事で、大人の性格も様々で、いろいろな価値観があっていいと思っています。同じ方向性のリーダーばかりだったら、多分子どもたちも面白くないですよね。

僕が入職した理由にもなりますが、学生時代、教職課程を履修し、センターでボランティアリーダーをしながら、ここでの活動を重ねるうちに、「自然が好き」で「教育に関わりたい」と思ったときに、教育と自然の掛け合わせた、自分の好きな教育のカタチがここにありました。学校教育の土壌ではなく、別の立場で教育に携わりたいという気持ちに至ったのも、いろいろな関わりが子どもたちの育ちにきっと良い影響があると思ったからで、今、実践の中にいます。

粟澤

ありがとう、私も勉強になりました!


荒井先生からの講評

「なぜ冒険教育なんだろう」という粟澤稚富美さんの問いかけ(突っ込み)、それに対する若泉将貴さんの応答。今回も対談を横で聞かせていただきながら、そのやりとりのおもしろさを感じました。

若泉さんご自身が学校の教員ではなく、センター職員を仕事として選んだ理由を、「いろいろな関わりが子どもたちの育ちにきっと良い影響を及ぼすと思ったから」と語っておられたことは象徴的でした。

この「いろいろな関わり」とは、自然の中で活動をすれば生じる課題に対して、参加メンバーがそれぞれの力を発揮しあい、解決していくプロセスをさしているのだろうと思います。そしてまた、一人ひとりの子どもの声を聴くことが土台になっているのだと思います。

さらにこれらのことがらは、「他者の中で人が育つ力をつける」という粟澤さんのことばに凝縮されていると思いました。

そんなことばをさらっと言いあえる職員のみなさんは、すごいなぁと思いました。忙しくとも、定期的に職員会議で話し合いを重ねているからこそできることなのだろうとも思いました。